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かのコレ

キャスト発表されたときだけ元気になる茶の間

今あるものは今しか見れない

ただの日記

福岡の中川小西楽の武器間違えちゃったよ事件の詳細聞きました。

※最後ビクターが怪物にナイフを向けるシーンで、間違えて銃を向けちゃうビクター→小西、あきのりをバシッてやって銃おとして拾う→本来ならナイフでビクターの足刺すとこ銃でビクターの足撃つ→なんやかんやあって最後はSEの銃声でお亡くなりになる(いつもは爆竹的なやつ?)

 

舞台は生物だし、まあそういうトラブルもあるだろうし(本来あってはならないことだけど)、もちろん大事なシーンだし失敗したとき用の取り決めとかあったんだろうし、むしろ小西とあきのりが信頼しあっててうまく機転を利かせたから乗りきれたのでは。逆に貴重なの見たね。初見の人なら気づかなかっただろうし。

でも「あれのせいで集中力が途切れた」「私が見たかったのはあんなのじゃない」「しかもペア千秋楽なのに本人たちがそれ知らないってどういうこと!?最後なんだからちゃんと心込めてやってよ!!!」ってスゲー怒ってたから、なるほどそういう人もいるよね~と。ああいうのって見てる方がはらはらしちゃうよね。

まあ最後だから、最後じゃないからって話は夢見るおたくの抱く幻想だとおもうけども(笑)役者はいつだって目の前の公演を必死にこなしているだけだよ。

 

今あるものは今しか見れない。

たとえば今後フランケンが映像化 されたとしてもそれはやっぱりわたしが見たものとはまた違うものになってるだろうし

全く同じキャストで再演とか到底無理だし

かといって同じキャストで再演してもそれはやっぱりまた違うものになるだろうし

何ならわたしは東京千秋楽が1番よかったと思ってるんですが、それは名古屋行ったらまた違うものだとおもうし、もしかしたらあれ?こんなもんだった?って思うかもしれない。

今あるものは、今しか見れないんですよね。

 

観劇という趣味をやってると舞台の神様ってほんとにいるんだなあと思うことがごく稀にあって個人的には

シラノ初演で最後亡くなったシラノの上にちょうど葉っぱが落ちてきたのとか

2008年のエリザベート(たぶん)東京前楽のママ鏡のシーンとかなんですけど

わたしの友達はあきのりを初めて見たときと、M!のあきのりヴォルフの最後のシーンで羽がファサって落ちたときだって言ってました(笑)

そういう瞬間って今あるものを今見てたから、今しか見れないものを見れたんですよね。劇場にいかないと見れないんですよね。

なんか昨日そんな話してたけど神々の粋な遊びの瞬間を見たんですよね。見ようとして見れるものじゃないと思うのです。気持ちがブワッてなってこぼれてくるときって大抵神々の仕業だと思います。

だから、この作品が、今いる役者が、今後どうなるかもわからないし、今あるものを見に行こう、後悔しないようにと思うわけです。

 続いてるうちはそれがあたりまえでも、いつかなくなってしまったときに、終わってしまったときに「あっ」て思うんだろうなあ。